
(株)菱三陶園
滋賀県甲賀市長野766
TEL:0748-82-0044
https://www.hissanpottery.com/
顧客は、国内外の一流レストラン
事務室に飾られた写真には、ひと目でそれと分かる人物が写っている。「ウィリアム王子です。このレストランでもうちの器を使ってもらっています」。そう話すのは、菱三陶園5代目当主・小川公男さんだ。日本文化の発信拠点として、外務省主導のもとオープンしたJAPAN HOUSE LONDON。その中の和食レストラン「AKIRA」に、英国のロイヤルファミリーが食事に訪れた際のワンショットだという。表情豊かな和食器には、ウィリアム王子の左手が添えられている。
菱三陶園は滋賀県・信楽焼の小さな陶房。社員数はわずか5名だ。しかし、味わい深いその陶食器を求めて、国内外の一流レストランから次々と依頼が舞い込む。顧客の多くは、世界の料理シーンをリードする日本人シェフだ。ニューヨークの寿司店「MASA」や、パリのフランス料理店「Restaurant KEI」をはじめ、ミシュラン三つ星レストランからもひいきにされている。
現在の姿からは想像できないが、菱三陶園はもともと受注型の陶器製造業であり、薄利多売の量産品を扱っていた。業態の大転換を成功させた小川さんに、これまでの歩みについて話をうかがった。
どうせ死ぬなら、
やりたいことに挑戦しよう
「新卒で入社したのは外資系の消費財メーカーです。同期にはのちのメガテック企業の日本法人社長もいます。在籍したのは2年間でしたが、マーケティングの基本はその期間でみっちり学びました」。世界的マーケティングカンパニーの薫陶を受けた小川さんが退職したのは、家業を継ぐためだった。実家に戻ると、一般の生活者向けに安価な陶器を大量につくる日々が始まった。泥まみれになりながら猛烈に働いたという。「33歳のときに社長を継ぎましたが、就任前から経営は傾いていました。どうにかして立て直そうと、キャパを超える数量を受注したこともあります。当時多いときで30名ほどいた従業員に無理をさせ、私自身も無理をして。売上をつくることに必死で、マーケティングどころじゃなかったんです」。

[写真:左]その佇まいに歴史を感じずにはいられない煙突。「今は使われていない」というが、その存在感は絶大だ。[右]工場の一角、社訓と経営理念の下に貼り出された「にげるな、うそをつくな、あきらめるな」という一枚の紙。あたりまえのようだが、本質的でハッとさせられる言葉。
方針転換を決意したのは35歳のとき。もともとの持病に過労が重なり、入院を余儀なくされたのだ。「このままの働き方じゃ、いつか死ぬな。どうせ死ぬなら好きなことをやろう。病院のベッドで横になりながらそう考えたんです。思い出されるのは、経営者を退いてから陶芸作家に転身した祖父でした。あんなふうに、自分がつくりたいものをつくろう。それなら、世界一の料理屋の器をつくる会社にしようじゃないかと」。
小川さんは1年間、静養を兼ねて売ることから距離を置き、陶器づくりに没頭した。つくるのは、一般の陶器屋では売れないようなこだわりの逸品ばかり。ところが、信楽焼の個展に出品したところ、たまたまニューヨークの料理関係者の目に留まり、高く評価されたのだ。これが転機になり、料理人からオーダーメイドで注文を受ける業態へと変化していった。一般ユーザー向けからプロユーザー向けへ。安価な量産品から高級なオーダーメイド品へ。新規採用を見送ることで陶房を徐々に縮小し、最終的には5名体制へ。この業態変革により、菱三陶園の収益性は劇的に改善していった。
料理人の想いを具現化する
共創パートナーでありたい
新たな業態に一本化した今、菱三陶園は多数派よりも少数派の声を大切にしているという。「雑貨や百貨店の業界で、信楽焼の器を売りに行ったら常に言われること。それは『重たい』『ザラザラする』『かさばって収納しづらい』。そんな中で『この分厚い器、ええなあ』『この質感、迫力があってええよ』と面白がってくれるのが、一流レストランの料理人。私たちの大切な顧客です」。
では、一体どんなプロセスで一流レストランの器をつくるのだろうか?オーダーメイドといっても、明確な指示があるわけではないと小川さんは言う。「料理人と話すとき、実は器の話ってあまりしないんですよ。レストランとしては、料理だけでなくインテリアや音楽も含め、五感をフルに使ったうえでの“体験”をお客さんに提供したいわけです。その漠然としたイメージからインスピレーションを得て、『じゃあ一回サンプルをつくりますよ』と形にしていく。この共創のプロセスが面白いんです」。

[写真:左]何気なく積まれた器を見ても、少量多品種であることが分かる。そしてその一つ一つに独特な意匠が施されている。[右]土に模様を付ける工程。見ているだけで緊張してしまうが、いとも簡単にやってのける。
根っこの深い理解と共感がないと、共創はできない。だから実際に、社員全員で顧客のレストランに食べに行くという。そのレストランが提供する体験価値と、器がどんな役割を果たしているかを理解するためだ。顧客と同じ目線に立ち、期待にとことん応えようとする姿勢がここにも表れている。
サスティナブルな「再生陶器」は、
被災地支援にも活用できる
菱三陶園は「再生陶器」にも力を入れている。牛骨や蕎麦殻をはじめとする廃棄食材、割れた陶器や瓦などの廃材を再利用した陶器づくりだ。「顧客から取り寄せた廃材を微粉末にして、粘土や釉薬に配合して焼成することで、新たな陶器を生み出すことができます。SDGsやサステナビリティを重視する顧客からの要望でスタートしました」。これが厚い支持を集め、最近ではレストランの器だけでなく、酒造メーカーで使用するボトルや温浴施設のタイル壁など、幅広い用途に再生陶器を展開している。

[写真:左]「これは何でしょう?」と聞くと、「骨です…牛の」と小川社長。その一瞬の間に、少しだけヒヤリとした取材班。[右]独特の質感を持つ、信楽焼の原料となる土。
2024年には、能登半島地震で被災した地域を支援するため、倒壊家屋の廃棄瓦を再利用する取り組みもスタートした。「被災地を訪れると、割れた瓦があちこちで山積みになっていました。その光景を目の当たりにして、再生陶器の手法で支援ができるのではないかと考えたんです」。住民の了承を得て約3トン分の瓦を滋賀に持ち帰った小川さんは、試行錯誤の末、廃棄瓦の比率の高い器をつくることに成功。その器は現在、高級インテリア・雑貨店で販売されている。売上の一部は被災地支援に充てる計画だ。「能登瓦は、地元の方々にとっての誇りなんです。それを再利用した器が人々から支持されたら、きっとうれしいはず。復興に向けて大きな励みになるんじゃないかと考えました」。

被災地から持ち帰った能登瓦。これを粉砕し、原料に再利用する。
陶器業界では異質の
マーケティングカンパニーとして
安価な海外製品の流入により、陶器業界は長らく低迷している。収益性の低さが人手不足を招き、伝統技術の継承を難しくしている。そんな中、菱三陶園は業態変革に取り組み、高付加価値企業へと飛躍を遂げた。

まるで石のようなこちらは、アロマを垂らしてディフューザーとして使うもの(詳しくは、Webサイト『Hello! FACTORY Web』を参照)。素焼きの状態でもとても美しい。
もちろん、オーダーメイドは手間暇がかかる。器のフォルムや色、柄、質感を徹底的に追求しなければ、料理人が思い描く世界観を具現化することはできないからだ。粘土や釉薬の配合はもちろん、焼き方についても酸化焼成にするか、還元焼成にするかなど、検討すべきことは無数にある。にもかかわらず高い利益率を維持できるのは、手掛ける器に相応の価値があるからだ。料理人の目線でいうと、そのレストランにおいて欠かせないピースとなっているのだ。
小川さんは言う。「陶器業界は職人の世界だから、技術を強みにしてより高く、より多く売りたいと考えるのが自然です。でもその発想だと、プロダクトアウトに陥りやすい。僕たちはマーケティングを重視して、お客さんと一緒に何ができるのかを常に考えています。ヒントはいつも、お客さんとの会話の中にあるものです。加えて、労働生産性や収益性も大切です。そこをさらに突き詰め、自動車会社に負けないくらいの給与や働きやすさを実現していきたいと考えています」。


編集担当:小野 茂
一流の料理は、一流の器で
高級レストランでしか見かけないような、分厚くて味わい深い“器”。あの逸品をつくっている会社の一つが菱三陶園さんです。料理人の想いを具現化するためには一切の手間暇を惜しまない。その器づくりに賭ける情熱に感銘を受けました!私もいつか、菱三陶園さんの器で一流シェフの料理を食べてみたいです。
 
       
