もはや、
顧客側の人間ですね(笑)

(株)三重フリットの代表取締役・森田耕平さん

(株)三重フリット
三重県三重郡菰野町永井北柿之木3067-92
TEL:059-396-2886
https://miefrit.com/

こんな“共創”、
日本中でうちにしかできない

目の前にあるのは、一見したところ何の変哲もないガラスの塊である。だが実は、“技術”と“苦労”の結晶なのだという。この特殊ガラスは大手光学機器メーカーに納品後、薄くスライスされ、圧力センサーの感圧部に使用される。顧客からの要望が「非常にシビアだった」と話すのは、株式会社三重フリットの代表取締役・森田耕平さんだ。「まず1,600℃という高温溶融。これは溶融炉自身が溶けずにいられるギリギリの温度です。うちくらいの規模のガラス製造会社では普通扱えません。次に、気泡を極力発生させないこと。スライスしたときに割れたら使いものにならないからです。実現するまでに2年もかかりました」。

その結果、もともと1個のブロックから15~20%しか製品が取れなかったものが、95%近くも取れるようになったという。「お客さんと二人三脚で共創したからこそ、大幅に改善できたんです。こんな難しい開発ができるのは、たぶん日本中でうちだけじゃないですかね。でも歩留まりがあまりに良くなりすぎて、『在庫がいっぱいになったから生産を止めてほしい』と先方に言われちゃって。うちの社員は、損得勘定を抜きにしていいものをつくろうとする。もはや顧客側の人間ですよね。おかげでなかなか儲からないですけど(笑)。

ガラスの原料となるシリカ(左)、気泡などがないかルーペでチェックを行う様子(右)

[写真:左]ガラスの原料となるシリカ。これがあの透明で美しいガラスになるのだから、化学は不思議だ。[右]暗室の中で、できあがった特殊ガラスにわずかな気泡などがないか、ルーペでチェックする。根気と集中力の必要な作業。

新規事業の大成功から一転、
倒産の危機へ

三重フリットはもともと、釉薬用ガラスの製造をメイン事業としていた。しかし、国内の陶磁器市場縮小により売上は減少し、新規事業を模索。そんな中、2000年代にたまたまつかんだ機会が、プラズマディスプレイ向け電子材料用ガラスだった。薄型テレビを牽引するプラズマテレビのニーズを背景に、受注量は右肩上がり。一時期は売上の8割を占めるまでに急成長した。「父から会社を継いだのはこの時期で、ものすごく忙しかったです。最盛期の2010年には、すべての国産プラズマテレビにうちのガラスが使われていましたね」。

ところが、新たな収益の柱は根本からポッキリ折れることになる。液晶テレビの急激な台頭により、プラズマテレビは一気にシェアを奪われていったのだ。「依頼元のメーカーから増産体制を求められ、新工場建設のための用地取得を完了した矢先でした。潮が引くように注文がなくなり、会社の売上の半分が吹き飛びました」。三重フリットは2011年を境に赤字転落し、残されたのは使い途のない土地と融資の返済だけ。最大で26人いた従業員は離散し、一時期は8人にまで減った。ただ不幸中の幸いだったのは、この土地が仕入れ値以上の高値で売れたこと。運良く舞い込んだ数千万の利益を返済に充て、どうにか倒産の危機だけは回避することができた。

工程を細分化した先に、
開発案件のニーズを発見

「残ってくれた社員たちが食べていけるように、なんとかしなければ。じゃあうちに何ができるか。考えた末に行き着いたのが、ガラス製造工程を手当たり次第に細分化することでした」。原料を混ぜる。溶かす。袋に詰める。自分たちにできることをリストアップして資料にまとめ、森田さんは関係先に配り歩いた。どんな小さな仕事でもいい。なりふり構わない姿勢で営業活動に奔走した。すると、「この工程を代行してほしい」「こんなガラスつくれますか?」などの相談がぽつぽつと寄せられるように。またとないチャンスである。だが、「できます」と即答できないような難しい依頼内容にも直面した。このとき力を貸してくれたのが、現在、技術顧問を務める栗林さんである。経営が傾く直前のタイミングで顧問に迎えていたのだ。「栗林さんは、ガラス業界の生き字引みたいな人。アドバイスがとにかく的確なんです。『この手の開発するんやったら、こういうアプローチを取るべきや』と。だからどんな依頼にも全部投げ返せたんです。それで徐々にお客様の信頼を得て、相談が増えていきました」。

何度も何度も投げ返す中で、それまで意識していなかった市場のニーズが、くっきりと浮かび上がってきた。一番の収穫は、少量多品種のガラス溶融に関するニーズを発見したことだ。たとえ大量生産する製品であっても、開発時や量産前には、検証を目的とした少量の試作が必要になる。大手メーカーは特に、こうした試作の担い手、言い換えると「開発パートナー」を探していたのだ。この数量なら10名程度の会社でも勝負できる。三重フリットの巻き返しが始まった。

炉の燃焼具合を目視で確認

炉の燃焼具合を目視で確認。取材日は少し肌寒いくらいの気温だったが、ファン付き作業着は欠かせない。

高温溶融を武器に、
共創体制を確立

開発パートナーに選ばれるには、他社にはない強みが必要である。目をつけたのが高温溶融だ。多くの会社が約1,500℃を上限とするのに対し、三重フリットは約1,600℃まで上げられる。100℃の差を生むのは、燃焼効率を高める大型の酸素タンクの存在である。「小さい会社にはとても手を出せないほど高額です。うちは絶好調だったプラズマ時代に設備投資できました。負の遺産になるかと思っていたけど、今ではうちの生命線です」。この100℃の差を武器にすることで、次々と仕事の依頼が来るようになった。例えば金属表面にコーティングするガラスは、割れないようにするため、熱収縮率を金属に近づけなければならない。それには高温でないと溶融しないような、粘り気のあるガラスが必要となるのだ。

強みとなる要素は他にもあった。溶融炉を自前でつくる技術力である。ポイントは、その技術を大手メーカーとの共創に使ったこと。1つの案件に特化した炉をオーダーメイドでつくり、顧客に買い取ってもらうことで技術開発のコストを回収する。そして、顧客の資産となった炉でガラスを製造する。顧客にとってのメリットは、炉を自社工場に置く必要がないこと、三重フリットに対して細かい要望を出せることだ。こうしてWin-Winの共創体制が確立されていった。

形状や大きさの違う炉がたくさん並ぶ工場内

[写真:左]広く、天井もかなり高い工場内には、このような小ぶりで、それぞれに微妙に形状や大きさの違う炉がたくさん並んでいる。[右]これらは基本的に自分たちで設計・製造している。技術面での大きな強みだ。

訪問したいと思われる
会社を目指して

「お客様と共に創るのがうちのビジネスモデル。経営理念にも、『訪問したいと思われる会社となる。』と掲げています。目指しているのは、大手メーカーにとっての共同開発拠点です」。その言葉通り現在、三重フリットの工場にはさまざまな業種の大手メーカーが出入りしている。一緒に現場を見ながらディスカッションし、試行錯誤を繰り返しているという。「この共創スタイルが、僕らにとってはすごく居心地がいい。お客さんにいろいろ教えてもらえるし、責任の所在は半々。新しいことに挑戦できて、お互いにすごく楽しい。こんなふうに苦楽を共にする風土を持った会社って実は少ないんですよね。だからうちが重宝されるんです」。

炉の開口部から流れ出て固まったガラス

炉の開口部から流れ出て固まったガラスは、まるで厳冬期に凍結した滝のようだ。ガラス製造の現場は、神秘的ですらある。

少し前に、顧客立ち会いのもと試作して失敗したことがあったという。原因は機械の不具合だった。「要するに、三重フリット側のミスです。それなのに先方の担当者の方は一切怒らない。むしろ自分事のように悔しがってくれて。そんな心意気に触れたら、こっちも絶対に成功させるんだって燃えちゃいますよ。試行錯誤が実を結んだら、お互いすごく感動するだろうし、成長を実感するはず。「感動」や「成長」で社会に貢献できるんだったら、それだけでこの会社が存在することに意味があります」。

編集担当:汐崎 貴大

編集担当:汐崎 貴大

どん底からの手探りの挑戦

倒産一歩手前まで追い込まれたお話をお聞きして、本当に驚きました。でもそんな絶体絶命のピンチの中にあって、別の新規事業に活路を見出したことがすごいです。顧客の“開発パートナー”になるという未知の領域への挑戦。目の付けどころとその行動力には尊敬しかありません!

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