変革しないと、
伝統は守れない。

(株)かわばた

#06 (株)かわばた
名古屋市港区新茶屋三丁目318番地
TEL:052-303-4147
https://www.ekisu.com

職人に受け継がれる
数十年間変わらぬ製法。

工場に一歩足を踏み入れると、予想を超える蒸し暑さに驚く。白い蒸気で満たされた空間の奥には、直径1メートルほどの大きな釡が5つ。ふつふつと湯立ち、黒々としたしじみが大量に煮込まれている。そこから立ちのぼる蒸気は、湿度を90%、室温を30℃にまで押し上げる。「夏は50度になります。だから、日に何度もシャツを着替えないといけないんですよ」。工場長の中條さんがにこやかに話す。

株式会社かわばたは、しじみエキスを製造する健康食品メーカーだ。木曽川産ヤマトシジミのみを原材料とし、添加物は極力使用しない。創業以来130年以上にわたって守り抜いてきた伝統製法の継承者は現在、数名の職人だけ。そのうちのひとりである服部さんは言う。「すごく手間がかかります。たとえばこうやって、釡の表面に浮かぶアクを取りつづける。ぜんぶ手作業なんです」。職人の技により旨味と栄養素が凝縮されたしじみエキスは、60代以上の高齢者を中心に根強い支持を集めている。その証拠に、購入者の8割がリピーターだ。彼らを惹きつけるのは、「自然健康食品だからこその安全安心」だという。

工場を見渡すと、安全安心への取り組みが徹底されていることに気づく。人感センサーで上下に自動開閉するビニールカーテン。最新のIoT機器で温度管理された貯蔵庫。衛生管理のための設備は最新式のものばかりだ。アナログとデジタル。伝統と革新。対極のものが混在する企業文化の一端を垣間見た気がした。

ヤマトシジミを5つの鉄釡で煮出す。一番汁、二番汁まで抽出した後、専用の鍋でかきまぜながら、ペースト状になるまで煮詰める。800キロのしじみが、最終的におよそ十数キロのしじみエキスになる。

うちには、
しじみエキスしかない

「もっと効率のいいつくり方があるのは知っています。でも、それじゃダメなんです」。伝統製法について、4代目社長の川端安利さんはこう語る。鉄釡で煮出すからこそ、スプーンですくって食べたときに旨味が感じられる。木曽川河口のヤマトシジミだからこそ、オルニチンや各種ミネラル、ビタミンが豊富で汚染物質も検出されない。化学成分を使わないからこそ、健康志向の強い顧客から信用してもらえる。このこだわりが、市場に流通する他のしじみエキスとの差別化につながっているのだという。「時代遅れのやり方かもしれません。でも、世の中がハイテクになればなるほど、うちみたいに原始的な製法が際立つ。これは珍しいぞと」。

牡蠣エキス、すいかエキス、松葉エキスなどの商品も展開しているが、川端社長はこう言い切る。「うちには、しじみエキスしかないんです」。迷いのない言葉の裏には、自信と誇りがある。変えてはいけない自社の軸であり、これが屋台骨なんだという覚悟がある。一方でこうも言う。「危機感は、常にあります」。自然を相手にした商売である以上、仕入れは安定しない。今年はヤマトシジミが過去最悪ともいえる不作だった。それに原材料が確保できても、10年後、20年後もニーズがあるかはわからない。この強い危機感が、挑戦の原動力になってきた。

瓶の中には件の超濃厚、ドロドロのしじみエキスが。ヤマトシジミの漁獲量は年によって増減するため、1年分の在庫をもつことで安定した供給体制を整えている。

目を疑う光景。
「これが食品工場?」

川端さんは、前社長の娘婿として会社を継いだ。社長に就任したとき、工場は悲惨な状況だったという。旧態依然として、設備は古めかしいものばかり。「まるで自動車修理工場かと思いました」。これは大掛かりな改修工事をしなければと思っていた矢先、取引先からこう聞かれた。「そろそろHACCPを取得しないといけないんじゃないですか?」。HACCPとは食品衛生管理の手法であり、2018年当時は、食品を扱う全事業者への義務化が発表されて間もない頃だった。そこで、これを機にHACCPを取得し、傷んでいた工場も改修しようと決めた。

しかし、この決定に対して現場は戸惑った。HACCP取得はこれまでの品質管理方法を大きく見直すことを意味する。昔から慣れ親しんだやり方を変えることに抵抗感があったのだ。それでも川端社長は自ら率先して動いた。保健所に連絡を取り、なにをやるべきか意見を聞き、もらったアドバイスはどんどん実行していった。改革を進める社長と、伝統を重んじる現場の職人。両者の間には一時、大きな溝ができたという。それでも、ときにぶつかり合い、ときにカバーし合いながら、3年かけて工場を大改修し、どうにかHACCP取得にこぎつけた。

工場改修とともに刷新された設備。以前の灯油方式は火加減を習得するだけでも数ヶ月がかりだったが、今のガス方式はワンタッチで済む。

HACCP取得が、
新事業の足がかりに。

「このレベルで品質管理しているのは、大企業くらい。明らかにオーバースペックですよ」。川端社長はそう苦笑するが、コンサルティング会社にも頼らず、自社で悪戦苦闘しながら取り組んだ経験は、かわばたの大きな財産となった。HACCP取得で学んだ品質管理のノウハウを、どこかで活かせないか。それを模索するため、名古屋市が主催する勉強会にも参加した。そしてたどり着いたのが、IoTを活用した温度管理システムの開発だった。

もともと、温度管理するツール自体は世の中に存在した。しかし、月額利用料は数万円にものぼり、広く普及するものではなかった。そこで川端社長は狙いを絞った。「飲食店、福祉施設、社員食堂。そういった小規模事業者をターゲットにして、安価なシステムを提供していこう」と。そしてリリースしたのが、温度管理と帳票作成を自動で行うシステム「iHACCP」だ。冷蔵庫の開けっ放しなどで温度が上昇したときは、アラートのメールが飛ぶ。食中毒予防やフードロスの削減にも貢献できるうえ、月額2,500円とコストパフォーマンスにも優れる。「事業の柱になってくれたら嬉しいですね」と川端社長が話すように、現在、多数の飲食店から引き合いがあるという。

自動温度管理帳票作成システム「iHACCP」。小型のデバイスを冷蔵庫内に設置し、温度管理する。飲食店だけでなく、ビニールハウスや輸送トラック、ワインセラーなどでの活用も期待される。

時代が変わっても、
ずっと変わらぬ商品を。

かわばたの工場には今、HACCP準拠の新しい食品衛生管理方法が浸透している。運用しているのはほかでもない、伝統を体現してきた職人たちだ。「社長は新しいことにどんどん挑戦する人です」。アクアミネラル、真空調理、イチョウの葉っぱの粉末。服部さんは社長と話し合いながら、新商品の試作検証を繰り返しているという。そこに、かつての溝はない。一方、川端社長も「自分でなんでもやりすぎないようにしています。現場を尊重して」と歩み寄る。かつてぶつかり合った伝統と革新は、かわばたという会社の中で共存している。両者の架け橋になったのは、互いへのリスペクトだ。

伝統を守ることについて川端社長が引き合いに出したのは、当時ブームになっていたNIKEのスニーカーだった。「とても気に入っていたスニーカーを履きつぶしちゃって、また買おうと思ったんです。でも、そのスニーカーはもうどこにも売っていなかった」。時代と共に移り変わるファッションアイテムは消えていく宿命にある。しかし、顧客のほとんどがリピーターであるしじみエキスにおいては、そういうことがあってはならない。「ずっと存在しつづけることが大切だと思うんです」。

現存する最古のしじみエキスは100年以上前のもの。ブリキ製の容器やレトロなパッケージデザインが時の流れを感じさせる。分析に出してみたところ、菌の増殖は確認されなかったという。伝統製法の有効性を示す証だ。

革新については、時代に順応するために必要なことだという。「今の時代、人は何を買いたいかより、誰から買いたいかで動く。だから、SNSやブログで積極的に自己開示をしています。一方で、お客様から電話をいただいて、1時間半くらい雑談することもあります。そうやってデジタルもアナログも使ってお客様と関係性をつくっていくことが重要だと思うんです」。モノがどんなに良くても、そこに安住してはならないのだ。かわばたは、時代が変わりつづける限り、これからも変わりつづけるだろう。ただ、この滋味あふれるしじみエキスは、いつまでも存在しつづけるにちがいない。

かわばた 川端社長

川端社長「できることは何でも自分でやっちゃうほう。やり過ぎちゃうので、少しは自重しないとね(笑)」。

編集担当:大塚 卓

とにかく濃い!エキスの味も。会社の歴史も。

ただのサプリと侮るなかれ。かわばたのしじみエキスは、香ばしい風味と貝の旨味、何よりその濃さに驚かされます。鉄釜での伝統製法を頑なに守り続けてきた同社に近年感じていたポジティブな変化。その正体は? 見えてきたのは、ぶつかり合
い・葛藤・挑戦。社長と現場の声をお届けします。

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